この記事はくだらないものでつまらないものかもしれません。ただ、私にとってはとてもだいじで、とてもふかい発見となりました(本記事には「うんこ」と「おなら」というワードが、かつてないほど連呼されています。不快な方は読むのをお控え下さい)

※ぜひ前項からお読みください:徹底比較!うんこ漢字ドリル VS おなら漢字ドリル。決定的な違いが判明か!?(1)


さて、うんこ漢字ドリルとおなら漢字ドリルの徹底比較。いよいよ本質に迫ります。文例を細かく分析していきましょう。

 

1)ファンタジーに感じさせるうんこ。リアルに感じさせるおなら。

「弟」という漢字の文例を見ていきましょう。うんこの文例で際立つのは一番左のものです。

「おとうとが うんこを 水そう 入れて えさを あげて いる」

これはうんこをうんことして扱っていない文例で際立っているものです。水槽に入れてエサをあげているのですから、ザリガニか何かに見立てているのでしょう。このようにうんこを擬人化・擬物化をして表現している文例がとても多いのがうんこ漢字ドリルの特徴です。うんこをリアルに感じさせずにファンタジーに感じさせているから読者もファンタジーとして楽しめるのでしょう。

対しておならはどうでしょうか?同じ「弟」の文例を見てみます。

「どちらの方がすかせるか 兄だいげんかをしている」

まさにおならの話です。おならをおならとして扱っています。しかも「すかす」という生々しい表現まで。香りを強く感じさせる表現になっています。おなら漢字ドリルでは、このようにおならをリアルに感じさせる文例が多く見られるのがおなら漢字ドリルの特徴です。

 

うんこ漢字ドリルは、近松門左衛門の思想を引き継いでいるのではないか?そう感じられます。近松門左衛門は江戸時代に活躍した浄瑠璃・歌舞伎の作者です。歴史に残るエンターテイナーと言っていいでしょう。彼が唱えたのが「虚実皮膜」です。得も言われぬ面白さは「虚と実」の微妙な部分にあるということ。うんこ漢字ドリルはそれを見事に表現しています。リアルではないファンタジーうんこと、現実離れしない例文の見事な調和。これこそ、うんこ漢字ドリルが我々を魅了する理由ではないでしょうか?


2)うんこ以外にズラすうんこ。おならが中心のおなら。

次に「海」という漢字をみていきましょう。うんこの文例をご覧ください。

「うんこを かい外に 運ぶ 仕事。」

お見事です!この文章の中心何でしょうか?そう「仕事」です。うんこではないのです。ある海外に何かを運ぶ仕事を説明する文章であり、たまたまその運ぶものがうんこだっただけなのです。微妙にズラしているんです。うんこを中心にしないで、別のことを中心にした文章を作っている。こういった文例がとても多いです。これはホントにお見事としか言いようがない。あまり注目されない箇所かと思いますが、ここに職人技が隠されていると私は見ています。

おならの文例も見ておきましょう。

「かい草をたくさん食べたので、しおのかおりのおならが出た」

この文章の中心は「おならがでた」ことですね。文章の中心で「おなら」を叫んでいるのです。おならを中心にした文章が多いのがおなら漢字ドリルの特徴でもあります。「しおのかおり」と書いていますので、まさに嗅覚を刺激する文章になっていますね。


3)行動やビジュアルに焦点があたるうんこ。感情や心情に焦点が当たるおなら。
4)想像可能なうんこ。想像不可が散見されるおなら。

「父」という漢字を例にして2項目同時に比較分析していきます。うんことおならの文例はそれぞれこうです。

うんこ「父の日に うんこの 絵を 百まい プレゼントした。」

おなら「祖父も、祖母も、ぼくも おならがだいすき。」

うんこの文例は絵をプレゼントした話ですね。この文例で秀逸なのは「百まい」という言葉です。この言葉があるからこそビジュアルが浮かんでくるのです。「絵をプレゼントした」よりも「絵を百まいプレゼントした」方がビジュアルが強くなります。百まいの絵というか紙が頭に浮かぶのです。これがとても秀逸。このようにうんこ漢字ドリルでは「物のイメージや行動している様子」がすっと頭に浮かぶような表現が多用されています。

対しておならはどうか。「だいすき」という気持ちの表現です。となりの文例も「ひみつにしておこう」という文章も頭の中・心の中で起きているできごとです。これはどうしてもビジュアルで想像がしづらくなります。おなら漢字ドリルは心情や気持ち、頭の中で起きているの文例が多いのが特徴でもあります。

次の項目は想像の可否について。うんこ漢字ドリルの文例はファンタジーであり、実際には無いだろうという出来事でありながら想像ができる範囲の内容に収まっています。

「父親の うんこの 音が 大きすぎて けいさつが 来た。」

ぜ~~ったいにそんなことで警察は動かないと思うですが(日常的に騒音になっていて近所迷惑になっていない限り警察は動かないでしょう)、その場面は想像ができるものです。

たいしておなら漢字ドリルの文例はどうか。

「ちちがおならから生まれたことは、ひみつにしておこう。」

とあります。悔しいのですが私はこの場面を頭の中で想像をすることができませんでした。「父がおなら部屋をかいくぐって、走ってきた」ならまだ想像ができるのですが、「おならから生まれる」のは想像ができない・・・。私の想像力不足ゆえ。申し訳ありません。


5)ツッコみたくなるうんこ。受け入れるしかないおなら。

最後に「牛」の漢字を比較しましょう。うんこの文例にこうあります。

「これは 子牛の うんこですか?」

「いいえ、ぼくの うんこです。」

どんなうんこやねん!って言いたくなりません?エセ関西弁がでてしまうほどの文例です。このようについツッコみたくなる文例がたっぷりと掲載されているのがうんこ漢字ドリルの特徴です。

対しておならはどうか。

「牛の親子が一緒におならをした。」

なるほど。それはそれは珍しい機会に出くわしましたね。となります。ツッコむというよりは受け入れるしかない感じですね。左の文例「牛丼を食べるとかならず 四回おならがでてしまう」も、それはそれは大変ですねとなります。でも「四回」は好きだなー、これがあるのと無いのではまた印象が変わりそうです。


そもそも、うんことおならはケンカしてない。

ここまで「うんこ漢字ドリル」と「おなら漢字ドリル」を徹底比較してきました。個人的にうんこの方が好きなため、うんこ寄りの記事になってしまったことは否めません。

そもそも、うんことおならは目的が違うと思うので、同じ必要はないと思うのです。おならはうんこにケンカを売っているわけでないと思います。むしろ調和してお互いに子どもの成長を願っているように思えるのです。

だって、うんこ漢字ドリルは各学年1冊ずつしかありません。子どもが1冊すべてやり終えてしまったら…親はどうしようもないのです。子どもが「うんこがほしい。ぼく、もっとうんこがほしいよ!」と懇願しても親は何もしてやれない。子どもはリアルなうんこを願っているわけではありませんから。親としてこんなに悲しいことはありません。

そんなときに現れたのが「おなら」です。子どもからうんこを懇願されている親からすれば救世主でしょう。おならは2冊目需要として、とても重要な存在になるのでしょう。お互いはケンカしあう商品ではないのです。だってうんこもおならも出てくるところは同じです。兄弟みたいなもの。本当は仲良しなのでしょう。


 

以上「うんこ漢字ドリル」と「おなら漢字ドリル」を徹底比較してきました。くだらなかったですか?つまらなかったですか?

でも、うんこもおならもくだらない方がいいですね。つ(詰)まらない方がいいですね。ふつう(不通)は良くないです。新しい勉強文化は大歓迎です。なによりも子どもたちが楽しそうに自ら勉強をするなんて、ほんとすばらしいことです!これからも日本の子どもたちが楽しく勉強ができる教材を開発し続けてほしいと願っています。

ごせいちょう(整腸)ありがとうございましたm(__)m

16歳と8歳の息子を持つ父より。



■うんこ漢字ドリル(2年生)

■おなら漢字ドリル(2年生)